近年、AI技術の進化は目覚ましく、私たちの日常生活やビジネスシーンに多大な影響を与えています。
その中でも、特に注目されているのが「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」という技術です。
これは、大規模言語モデル(LLM)が持つテキスト生成能力に、外部データベースからの情報検索を組み合わせることで、より精度の高い回答を提供するものです。
例えば、LLMが既に学習したデータに加え、最新の外部情報を取り込み、質問に対して最適な回答を生成します。
では、このRAGがどのように実際のビジネスシーンで活用されているのか、具体的な事例を通じて見ていきましょう。
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RAG活用の実例—企業と自治体の取り組み
デロイトトーマツコンサルティングの事例
デロイトトーマツコンサルティングは、生成AIとRAGの導入により、全社員にAIを活用する環境を整備しました。
この結果、以下のような成果が得られました:
- コンサルタントが知的業務に集中できるようになった
- 社内向けに対話型システムを導入し、ドキュメントの要約や質問ができる環境を整備
- 複数のワークグループが立ち上がり、AIを活用したサービスの開発やガイドラインの整備に取り組んでいる
これらの取り組みにより、業務効率が向上し、生産性が高まったと報告されています。
ソニーの展示会資料作成事例
ソニーでは、製品の展示会での資料作成にRAGを活用し、短時間で質の高い資料を作成することに成功しています。この結果:
- 製品スペック、技術文書、過去のプレゼンテーション資料などのデータを統合し、資料作成時間の短縮(手作業に比べて70%以上の時間圧縮)
- RAGは外部データソースとも連携しており、最新の情報をリアルタイムで取得・反映することが可能。これにより高品質な資料の作成が可能に
RAGを活用する事で展示会準備の効率化と、より効果的なプレゼンテーションが実現しました。
アサヒビール 社内情報検索システム
アサヒビールでは、2023年7月からAzure OpenAI Serviceの生成AIを用いた社内情報検索システムを導入しており、将来的には社内に点在する技術情報の集約、整理をし、グループの知見を活かした商品開発の強化や業務効率化を実践しています。
また、同社では、中期経営方針において、3つのコア戦略のひとつとして「DX=BX(ビジネス・トランスフォーメーション)と捉え、3つの領域(プロセス、組織、ビジネスモデル)でのイノベーションを推進」を掲げています。
アサヒグループジャパンでは、5月下旬に業務効率化や高度化、生活者インサイトの掘り起こしなどを目的に『ジェネレーティブAI 「やってTRY」プロジェクト』を発足し、生成AIの試行を通して同技術に関する利活用の知見を蓄積しています。
くすりの窓口 生成AIチャットボットの事例
株式会社くすりの窓口は、検索拡張生成(RAG)を活用した生成AIチャットボットの導入に着手しました。
この取り組みには以下のような特徴があります:
- 専門性の向上: 医療に関する高度な質問にも対応できるため、利用者の信頼を高めることができる。
- 応答の迅速化: RAGが情報を自動で検索・取得するため、迅速な応答が可能。
- 業務効率の向上: ユーザーからの問い合わせに対し、チャットボットが自動的に対応することで、従業員の業務負荷を軽減。
この事例では、RAGの技術を用いることで、医薬品に関する専門的な知識を含むデータベースから適切な情報を検索し、それを基に回答を生成することが可能になったと考えられます。これにより、単純な質問だけでなく、より複雑で専門的な顧客からの問い合わせにも対応できるチャットボットの実現を目指しています。
くすりの窓口のこの取り組みは、RAGの実用的な応用例として、特に専門知識が必要とされる分野でのAI活用の可能性を示しています。
顧客サービスの向上と業務効率化の両立を図る上で、RAGが有効なツールとなり得ることを示唆しています。
自治体での取り組み 尼崎市・都城市
兵庫県尼崎市では、生成AIが職員からの内部事務に関する質問に回答する際、庁内の庶務関係手引きや決裁、契約に関する方針、セキュリティ要綱などの資料・データをRAGで検索し、回答に反映する実証に取り組んでいます。
宮崎県都城市でも、RAGを活用して生成AIを自治体ごとにカスタマイズする実証が進められています。
香川県三豊市は、ゴミ出しの案内に生成AIを活用するなど、自治体のサービス向上にもRAGは貢献しています。
RAGとLLM—技術を比較
RAG(検索拡張生成)は、LLM(大規模言語モデル)の限界を補完する技術として注目されています。
LLMは、膨大なテキストデータを基に言語を理解し、テキストを生成する強力なツールです。
しかし、その一方で、LLMにはいくつかの弱点があります。
ここでは、LLMとRAGをさらに深く比較し、その違いを明らかにします。
LLMの強みとその限界
LLMは、その学習能力と応答の多様性によって広範なタスクに対応できます。例えば、文章の要約、翻訳、質疑応答、クリエイティブな文章生成など、さまざまな用途に応用されています。代表的なLLMには、GPT-3やBERTなどがあります。これらのモデルは膨大な量のデータを学習し、人間のような自然な言語を生成することが可能です。
しかし、LLMは学習したデータに強く依存しているため、以下のような限界が存在します。
- 情報の更新性に関する問題: LLMは学習時点のデータを基に動作するため、新しい情報が反映されにくいという問題があります。例えば、最近のニュースや最新の研究成果に基づいた質問に対しては、適切な回答を生成することが困難です。
- 専門性の欠如: LLMは広範なデータを学習しますが、特定の専門分野に関しては十分な知識を持たない場合があります。専門的な質問に対しては、曖昧な回答や誤った情報を提供するリスクが伴います。
- ハルシネーションのリスク: LLMは、自信を持って誤った情報を生成する「ハルシネーション」と呼ばれる現象が発生することがあります。これは、モデルが学習データ内でのパターンに従って回答を生成する際に、誤解された情報や不正確な情報を生成してしまうことに起因します。
RAGの補完的役割
RAGは、LLMのこれらの限界を補完するために設計された技術です。RAGは、LLMの生成機能に外部データベースからの情報検索機能を組み合わせることで、より正確で最新の情報を提供することができます。以下に、RAGの具体的な強みを挙げます。
- 最新情報へのアクセス: RAGは外部データベースをリアルタイムで検索し、その情報を基に回答を生成します。これにより、LLMが対応できない最新の情報や動的なデータにも対応可能となります。
- 専門的な回答の提供: RAGは、外部データベースから専門的な情報を抽出し、そのデータを基に回答を生成するため、専門性の高い質問にも正確に対応することが可能です。例えば、医療や法務など、特定の専門分野に特化したデータベースと連携することで、質の高い回答が期待できます。
- 誤情報の軽減: RAGは、LLMが持つハルシネーションのリスクを軽減する役割を果たします。外部データを活用することで、モデルが自信を持って誤った情報を提供するリスクを減らし、より信頼性の高い回答を生成します。
- 柔軟な適応性: RAGは、多様なデータソースと連携できるため、用途や環境に応じた柔軟な対応が可能です。企業の独自規定や、最新のニュース、業界特有のデータに基づいた回答を提供するために、様々なデータベースと組み合わせることができます。
LLMとRAGの融合による未来の可能性
RAGとLLMの技術を組み合わせることで、私たちはより高度で信頼性の高いAIシステムを構築することが可能になります。RAGはLLMの短所を補い、最新で正確な情報をユーザーに提供することを可能にします。この融合は、ビジネス、医療、教育、そして日常生活において、より優れた情報検索と生成の体験を提供するでしょう。
この技術の進化により、AIは単なるツール以上のものとなり、私たちの知識の拡張や意思決定を支える重要なパートナーとなっていくでしょう。RAGとLLMの融合は、AIがどこまで私たちの生活を豊かにできるか、その可能性をさらに広げていくものと期待されています。